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2012.05.0617:55

京都◎鵺の森・東三条社◎

蹴上のツツジをちょっくら偵察後三条通りを一気にノンストップ状態で下っていてふと思い出し、三条大橋だいぶ手前で急ブレーキ。

東山通りを二つ下がったところ
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「大将軍神社」と実にいかめしい。

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幻の「東三条社」の看板が。

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本殿と神木のイチョウ。相当で買い。樹齢800年と言うのはホントですね。

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本殿

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本殿脇にこのような神棚が。つまりこの神木は本殿内にあります。相当大事なのでしょう。

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問題の「東三条社」。境内にある。かなりこじんまり。

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この説明文にあるように、かつてここは鵺の森と言われていました。鵺=夜な夜なこの東三条辺りから黒雲に乗り御所へ繰り出し、その奇妙な鳴き声で時の帝・近衛天皇を震え上がらせたと言う。顔は猿、胴は狸、足は虎、尻尾は蛇と言う化け物。

この地は元々藤原兼家の邸宅があったらしく、その子家長で全盛期を迎えるのはもうご承知の筈。あの、「この世をば我が世とぞ思う・・」ですね。

・・これからは僕の大胆すぎる推理です。この藤原北家が衰退後ここらは荒れ地に。そして時は平家全盛期から源氏台頭の大激変へ。この三条口=粟田口と言うのは関東から都へ上る大動脈で後の東海道五三次となる交通の最大要所であり、坂東武士大挙押しかける誠に政情不安な事態に。その政局不安に恐れおののいた帝はこの要所に往生鎮護のため大将軍神社を建て、そして不安で夜も眠れないその情勢にこの「東三条社」も建立。よって、鵺=坂東武士。

・・もう一つは、この「東三条社」は写真見ての通り、梅のマーク=天満宮=菅原道真。そう道真怨霊いまだ立ちきれず帝の極度の脅えは道真の怨霊に違いないとこの地に重ねてその霊を慰めるため社を建立。道真の怨霊を鎮めるため北野の地に社殿が作られたのが九五〇年頃。一条天皇二より勅祭、そして「北野天満宮天神」という称号が与えられたのが西暦一〇〇〇年頃。それから約一世紀余り、栄華を誇った平家とそれまで仲睦まじかった帝の軋轢。決裂、源氏台頭。大きく揺れ動く政局になす術のない御所はこう言った怨霊撃退を祈るしかなかったのではないのでしょうか。・・つまり、鵺=道真。ちょっと苦しい、あはは。毎度三つ目のブログはもうかなりハチャメチャです。かなり疲れました。
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