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2012.02.1017:40

★北野天満宮・梅の香り★

パート2。

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正面大鳥居。ご覧の通り2月25日は道真公の祥月命日。この「梅花際」は北野天満最大の人出となります(秋のずいき祭りは盛大ですが場所はかなり離れた御旅所に移る)。毎月25日の天神さんもあり天気が良ければ目茶苦茶な人ごみ。

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表参道進んで行くと右手にあります。駐車場になっていて、ちょっと以前までこの周りも常に車が止められていてほとんど気付く人いませんでした。最近はっきり見えるようにこの周りだけ駐車できなくなったみたいです。・・しかし太閤さんはあちこちで遊んでいますね、あはは。

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三光門左手の白梅。これが最高の1枚。取り敢えず今月のベストフォト候補。

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誰もいなかったのではなく誰もいないその瞬間を捉えた貴重な1枚、あはは。

本殿左外の蝋梅
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続けて撮った2枚ですが色が全く違い。どっちにしようか?ブリダンのロバ状態になってしまい、そんなら両方載せようと言うことで合意。どっちが綺麗でしょう?どっちも綺麗ですよね。僕は上の方にしようと思ったが下をボツにしてしまうには余りに切なくて・・


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この白梅、構図がいいですね。絵に描いた写真のよう。満点の出来!


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絵馬の数が物凄い。写真の3倍はあります。九分九厘必勝合格祈願!

幻の1枚・・
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この梅のシーズンの時だけ境内の小間物はすべて撤去しすべての梅が見学できるよう広々とします。そこで偶然発見。「紅梅殿」・・ここにあるのかな?確かあったように聞きますが?・・まさか街中・西洞院の「管大臣神社」の「紅梅殿」から移したものなのか?・・現在ここに残るのは」白梅殿」のみで、もしそうだったらかなり重要な
灯籠。・・だが確かここにそんな建物があった筈・・?



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国宝「本殿」。秀吉の子・豊臣秀頼が豊臣政権の威信をかけて作りました。関ヶ原後時代は徳川へと大きく傾くも西国大名の殆どは今だ豊臣家を中心に結束状態。江戸に幕府を開くもやはり西の動向が非常に気がかりな家康。死のうに死ねない。あらゆる手を尽くし豊臣家衰退→滅亡へ謀略の数々を探る。その一環が方広寺再興と銘打った豊臣家財力消耗作戦。ここもそう言う意味で家康がたきつけたもの。ところが豊臣政権はいとも簡単に次々と要求を貫徹。有り余る財力は一向に減らない。ド頭に来た家康はとうとうかの「方広寺梵鐘」いちゃもん事件にて豊臣=大阪城攻撃を命ずる。1614年。だが総攻撃も全く歯が立たない。そこで和平和平と騙し近づき難攻不落の大阪城外堀すべてを埋める。急ピッチで埋め尽くした途端牙をむいて襲い掛かる。そして1615年夏の陣にてついに城は落城。炎に包まれる。その炎は京の都からも一望できたと言う。淀君とその子秀頼はみごとな最期を遂げる。ここに一代の英雄・豊臣秀吉の血筋は絶える。

・・毎度鈴は一つのみ。今日はたまにチャリンチャリンと思い出したように鳴り響いていました。
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