2016.05.2720:55

◎2015年「上賀茂やすらい祭」5月5日◎

ちょうど1年前の5月27日のブログです。
5月15日、葵祭当日上賀茂神社では実に珍しいお祭りが行われます。
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葵祭大行列が到着する前の午前中、神社周辺氏子地域のお祭りで子供神輿が全部で3基、担当地域を巡行、午前中に上賀茂神社本殿へ集結しお祓いを受けます。もう終わった後だった。
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子供神輿と言っても立派ですね。双葉葵紋が光ってます。賀茂葵とも言うそうですね。
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神社の大事な馬
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まだ静まり返った境内をうろうろ
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楼門へ続くこの僅かな橋「樟橋」ですが、別名長寿橋。なんでわざわざ説明しているのだろうとあれこれ調べてみたら、なんとこの橋、石ではなくクスノキの化石でした。
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そうこうしているうち何やら先の方、一の鳥居辺りから太鼓の音が。やっと来たかと短足は砂埃撒きあげフル回転にて走り寄る。
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「上賀茂やすらい」。実に奇妙奇天烈なるお祭り。
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正午ちょうど、氏子地域を廻り歩いてきた集団が上賀茂神社へやって来ました
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京都三大奇祭の一つ「今宮やすらい」と同じ鎮花祭。春先に流行る疫神封じ。「夜須礼祭」と書くそうです。
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本殿昇殿の前一の鳥居のところで先ず疫病神を追い払う踊り開始
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赤熊と言う怖い顔した善の鬼が悪い奴らを追い払う。・・壬生狂言最終日最後の演目「棒振り」でやはり赤熊が四方に棒を振り回し悪霊を退散させる。祇園祭の「綾傘鉾」の先頭を行くようになったのは10年程前から(古くはやっていたそうです)。・・何時頃からこんな恐ろしいカツラを被り踊りだしたのかは定かではありませんがこれによって見事庶民は救われそして広まったものでしょう。何か疫病が流行ったのがきっかけなのでしょうね。
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多分その起源は今宮やすらいからと思います。踊り方は微妙に違いますが基本同じですね。今宮やすらいは廻りながらたまに飛んだり跳ねたり、こちら上賀茂やすらいは同じく幾度も旋回しながら時に激しく時に優しく鉦・小太鼓を打ち鳴らしますが決して飛び跳ねない。長い伝承の中で微妙な温度差が生まれたようです。これは京都に今に残る芸能六斉と同じで同じ演技でもかなり違います)。
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疫病神を追い払った面々は厳かに本殿へと向かう
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風流笠。この下に入れば1年間無病息災が約束される
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楼門脇のサツキ驚く
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本殿正面の「玉橋」。普段は誰も渡れません。大事な行事の時のみ渡れる。
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氏子のみの特権
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本殿前。激しく怒られる、あはは。
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一同畏まって一礼
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お祓いの儀
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本殿前で奉納の踊り
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無事お詣りが終わり引き上げる。・・やすらい祭りは今宮神社の記録では1152年(仁平4年)に紫野社(今宮社)の夜須礼についての記載があると言う事で、歴史的には相当古い。こちら上賀茂神社では(太田神社)カキツバタが咲く頃できっぱりと今宮さんとは別もんと言う。それは当然でしょうね全く別の神社。だがルーツはと言えば、やはり一つの筈。
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本殿お詣り後、早速鳥居前のお店で踊り始め疫病神を蹴散らしこの後再び氏子地域を隈なく廻る長旅へ。
いんやすらいや花や  今年の花はよう咲いた花や♪
歌う様な囃しを合唱しながら上賀茂やすらい祭の一行は視界から消えて行く。
・・この後程なくして葵祭大行列の到着です。
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