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2015.02.0521:21

◎立春の日の京都2月4日◎

2月5日木曜日。楽しみだった節分も終わりはや季節は春。
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ところがこんな天気予報。今日夕方より雪ではなく雨が降って来ました。中途半端な寒さは何となく春の予感を感じさせるようです。
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昨日立春の日、チャリは珍しい場所へ立ち寄ってみる。この上下の標識、同じ場所なんですが今は下を使ってます。どちらでも同じで統一されていませんが郵便はどちらでも届く。・・この上の古い標識、仁丹マークのある奴、つい2、3日前のインターネットニュースで昨年12月から10個くらい盗まれたと出ていました。普通の人間が盗るわけがなくやはりその道の関係者ですね。実にけしからん!ここのは相当高い位置にあり万歳しても届かない位置。これだとまず盗まれないでしょう。
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この細い路地、「膏薬の辻子」と言われるところです。ここに小さな祠があります。
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この説明文、昨年平成26年12月に出来たようです。ウィキペディアで調べれば最初に出てくる写真が一番古い時のものです。これも5年前位かな?綺麗に新調されたものでそれまではかなり朽ちていた。それからすぐ後ろの個人宅が場所を提供してくれ1戸丸ごとの「京都神田明神」が出来上がる。それが2年前位からいつも締め切ってる状態となりどうしたんだろう?と本日久し振りに通りかかると、今度ははす向かいの今の位置に変わってました。眼の前なので別に移転と言うほどでもない。
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今度は東京の神田明神との関係が深まったようですね。昔は「将門首塚」と言っていて、坂東で打ち捕られたその首をわざわざ都のこの地に運び晒したと言います。将門の死没が940年3月25日、空也上人が都へ現れたのが天慶元年(938年)京都で念仏を勧める。都で飢餓や疫病に苦しむ人々貴賤の分け隔てなく救っていた頃この晒し首を聞き付け懇ろに弔いお堂を建てたと言う。後に道場となり「空也供養道場」と呼ばれるようになり「くうやくよう」なまって「こうやく」と変わったらしい。・・半分作り話でしょう、単にこの辻子に薬屋さんが軒を連ねていたからでしょうね。なおその昔の説明文にはこここそが江戸の神田明神の本家であると力強い筆跡で書かれていました!将門の首がここから飛んで行って現在の神田明神の首塚で落ちたのならなるほど肯ける。
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チャリは京都御所へ直行。立春の日の梅。鶯ならぬ鶯嬢がいました!あはは。
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鶯を待ち焦がれているようですね。
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この1本のみ満開。後すべてまだつぼみ。
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蝋梅
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こんなポスター眺め・・
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荒神橋から立春の鴨川を。
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これはわかりやすい。
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平安神宮前の疎水。後ろの赤い橋の所が大鳥居。水を堰き止められなす術なしの(左)白鷺と鴨ども。どうなってんだ?
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疏水沿いに下がると夷川ダムのため池。このため池の底の泥を撤去中。相当たまっている。人間の背丈ほどです。ため池なんでここで堰き止める為どんどん堆積するようですね。
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鴨川へ出る。ユリカモメどものこの勇姿も今月2月いっぱいまで。大体3月に入って直ぐに飛び立ちます。冬の使者が飛び去りそして春が訪れる。
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松原橋。急ピッチの護岸工事もほぼ終了間近。年度内無事終了ですね!
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後ろの山が気になりわざわざ五条大橋まで来てみる。この光景は四条大橋三条大橋からでは全く見えません。
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