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2014.09.1723:55

◎新門辰五郎寄進の大燈籠◎

9月17日水曜日。ある目的のために北野天満へやって来ました。
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到着前ちっちゃなお寺さんで見かけた戒め?ん~と眺める
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北野天満表鳥居。その左手のこの大きな燈籠。見上げる高さです。この燈籠を寄進した人物を探りに。
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先日とあるブログで、この寄進者は江戸の火消しの人と言うのを見てぴんときた。100%新門辰五郎だ!・・ところがこの燈籠の足元をくまなく探すもそれらしき名前がない。代わりに昭和の初めに再建した人物の名が。再建とは?新たに立てたと言う事か、ならばそれまでは倒れていたのか?あるいは朽ちかけ倒れそうになってたのを補強でもしたのか?
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大変気になりながらもキョロキョロと写真撮る事だけは決して忘れはしない、あはは。
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お守り売ってるところでかくかく云々と問うと間もなく奥から専門辞書を手にした若き神官が現れる。・・元治元年2月に新門寄進と残されていた。調べるとこの同じ2月に元号が元治と変わっており、徳川幕府安泰を願っての奉納だったのでしょうか?伏見のお稲荷さんにも燈籠を奉納したと教えてもらいました。これも知らなかった。色々と有難うございました。大変勉強になりました。
新門辰五郎=超簡単説明。ちゃきちゃきの江戸っ子で喧嘩大好き。見る間にトップにのし上がりお江戸いろは48組総元締め(ちょっと違うが)。最後の将軍慶喜に大変可愛がられ信任厚く将軍上洛の折随行。その時に寄進したものですね。・・時は移り徳川幕府滅亡寸前の官軍江戸総攻撃、その時勝海舟と西郷どんの話し合いで無血開城となりましたが、勝は密かに万が一に備え辰五郎に利根川に船を1千隻並べ江戸に火が廻ったら一人でも川向かいへと密令を。実際1千隻並べたらしい。辰五郎は実際は大江戸屈指の大博徒でした。大親分。三大博徒=新門辰五郎、清水の次郎長、国定忠治。新門辰五郎は紳士であると怒られそうであるが僕個人的にはこの三人をあげます。
しかしこんな燈籠があったなんて全く知らなかった。歴史が好きな人にはもう垂涎の的でしょうね。
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同じ燈籠ですがこちらは本殿右手にあります。何度も言いますが、これは凄いの一言。超1級の国宝に指定すべきです!10年前までは囲いなんて何もなくいつ倒れてもおかしくない状態のほったらかしでした。修学旅行生がジャンピングニーパット一発でその1千年の歴史は瞬時に崩れ去る所でした。この人物、実在の人ですよ。ちょっと前、大阪にある綱の子孫の大邸宅が壊されてしまいました。綱の時代以降ずっと子孫が住んでいたと言う事です。
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北野天満宮「ずいき祭り」は10月1日から。京都を代表するお祭りです。
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東門の鳥居から見上げる空。あくまでも青い
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北野天満あっての上七軒。
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この花が凄く綺麗で毎年必ず撮ってます。今日はちょっと日が陰ってましたが今度かならず・・。
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静かな上七軒にも秋の気配が
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家に帰って19時過ぎの空。何でもなかった。雲と晴れ間がはっきり分かれてるだけでした。
・・深夜0時までに投稿しようと焦りまくる。10分で仕上げるのはやはり至難の業のようです。
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