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2013.06.1721:01

◎高瀬川干上がる◎

6月17日月曜日。朝早く猛然と家出、いや外出したまでは良い、はて行くところがない。
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気が付けばJR京都駅前の東本願寺辺りをうろついている。この変な住所がJR京都駅から歩いて来て一番最初のかどです。真っ直ぐお寺の前=烏丸通りを進めば白い小粒な睡蓮、左に折れれば大きな蓮。なんとはや二つ程花を咲かせるようです。これは凄い!「淀姫」と言う品種の花ハスらしいが、秀吉・淀姫とは関係ないみたいですね。


陽が照りだしいくら全速で逃げても無駄だとついに観念
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七条通り、高瀬川「七条橋」で、ふと、そうだ高瀬川の紫陽花を!

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慶長15年と言うと西暦1610年、秀吉はとっくにこの世を去り時代は徳川の世。だが豊臣政権安泰の矛盾混沌とした東西相拮抗の中、何とか豊臣の財力をそぎ落とそうとあの手この手で焚きつけ、現在残る神社仏閣の多くはこの秀吉の子・秀頼。淀君の財力によって再建されています。この説明文の通り、焼失したままだった方広寺大仏の作り直してはと家康の半分嫌味に、以前にも増した巨大な大仏を作る為この高瀬川の原型が出来たのです。豊臣の財力は桁違いでそれ以上に西国大名はなおも忠誠を尽くし業を煮やす家康は次々と改易を強行。組っして最後にはとうとう大坂の陣と言う問答無用の牙をむく。

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ところで、高瀬川が完全に干上がっている!これは一大事とばかり川に沿って北上開始。

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この二枚、何と川底に降りてパチリです。川底と言ってもほんの少しの深さ。

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ここらの高瀬川は大分趣が違ううでしょ、夏ミカンや琵琶がたわわに。手が届くのですが・・。

正面橋
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前後からパチリ。上)は読めますが下)は「志よめんはし」でなんて言うんだろう?昔流行ったかな文字?革堂をかうどうと書きますね。昔の人の方がかなりキザっぽい。
この正面通りはかつてはとてつもない広さ(幅100メートル?)で方広寺⇔(西)本願寺を一直線に結んでいました。家康が目障りだとばかりに東本願寺を分離させ枳殻邸まで作って正面通りを完全に塞ぎ現在のようなクネクネ細道に。

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この橋の上でウロウロしてたら、なんと水が流れ落ちてくれはないか!なんじゃこりゃあ!?カラカラ天気だと言うのに・・?
こうして正面橋からさらに北上、五条橋まで突き進む。
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