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2012.06.1309:01

◎ある老人の思い出話◎

これは昨年七月七日に作ったブログです。そのまま・・

yamakasa1.jpg
今から4,5年前になりますか、京都・秋のお祭り初陣を飾る「晴明神社」の行列を待つため神社近く堀川沿いの大きな石に腰かけてたら、あるご老人がとぼとぼと歩み寄り隣に座った。何とはなしに話しかけあれこれ弾みました。そして老人は昔を思い出すようにつ呟き始めた・・・
「昭和60年頃だったか?、京都に全国から有名な神輿が勢揃いし御池(堀川?)通りを練り歩いた。そんな中一番最後に出発した「博多祇園山笠」が猛スピードで前を行く「神輿」を次々に追い越し追い抜きあれよあれよと言う間に先頭まで追い抜いてしまった!」

わしゃもうびっくりした・・!




hakata101[1]
こちら京都では伝統的に理路整然と順序良く礼儀正しく練り歩くのが当たり前で、そのような野蛮行為(?)を初めてみた御老人は腰をも抜かさんばかり大いに驚いたことでしょう。江戸時代においても「ここは天皇の御膝元」、庶民の喧嘩はけしからんと厳しくチェックされていたようです。実は間もなくの「祇園祭」のくじ取り、てっきり江戸時代にそういう理由から始まったものと思っていたら、なんとさらに古く1500年頃らしい。応仁の乱で壊滅的に都は消滅。以降当然ながら「祇園祭」も中断、というよりそれどころではなかった。40年前後の中断と言うギャップを経てようやくの復興へ。だが当の町衆たちはその伝統・しきたりが殆ど潰えてしまっていてさっぱりわからない。特に巡行の順番は大もめにもめうちが一番いや家が一番・・。そこで喧々諤々の末、くじ引きで丸く収めようと言うことに。・・だがかなり緊迫した空気が漂っていたらしく、それが後に「くじ改め」と言う形でお上による確認と相成ることに。




omaturi5.jpg
では「くじ取らず」はどうかと言うと、これはいたって簡単。昔の四条通りは今のように広くはなく今の松原クラスかな?「鉾」一つがぎりぎりくらい。つまり一番先頭、東にある「長刀鉾」が動かない限り前に進めない。ただそれだけの理由みたいですね。お叱りを受けそうですが、多分それだけの理由みたいです。

なお、昔は前の祭りと後の祭りとでは巡航コースが全く異なっていました。蛸薬師を挟み上が後の祭り、下が前の祭りと単純に決まっています。
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