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2013.02.1421:41

◎がまの大後悔◎

ガマの大航海。
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ポルトガルが生んだ偉大な大航海士。バスコ・ダ・ガマ。



大航海時代の1497年7月8日ポルトガルの首都リズボア(英語読みでリスボン)の港を出発!
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そのちょっと前異にアフリカ大陸の喜望峰が発見されここを通過してインド洋へ出られることが可能となる。彼の一行はこの喜望峰を希望を胸に一路通過。



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その途上アフリカのモザンビーグにある東寺重要な港であったモザンビケ島へ寄港。ガマはここの領主さまに御馳走を振る舞い帽子・外套・珊瑚などをプレゼントした。ところが領主様は頗る不機嫌。こんながらくたよりもっと言い物をくれ!・・とほほと出港。



まだ世界地図もはっきりとわからぬ行き当たりばったりのそんな時代・・だが何とかインドの重要貿易港カルカッタへ到着!
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ガマはさっそく威厳を正し部下13名を引き連れザモリン(領主)に会いに行く。「俺様はポルトガルと言う偉大な国から北支社である!」そう大見得を切るもザモリンは贈り物が貧弱だと頭からガマ一行を見下す始末。終いには彼らは海賊ではないかと疑り始める。


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ザマリンの目にはガマガエルに見えたのか?・・結局ガマ一行は僅かなコショウを手に入れたのみで、ザマリンから要求された出国税を踏み倒し追跡してきた70隻の小舟にボンバルダ砲を見舞って逃げ去った。
この屈辱から、以降親善での取引は不可能=武力による、大砲による大艦隊での威圧的取引でなければならないとの考えとなる。

なおインドはイギリスが開拓されたように思われがちですが(事実パソコン検索ではイギリスと打ちからの歴史しか出てこない)、この大航海時代、世界を席巻したのは先ずポルトガルでありのちにスペイン。イギリスフランス羽と言うと、このポルトガルおよびスペイン船団がアフリカから満載した金銀を母国へ持ち帰るのを会場で待ち伏せし襲って奪うと言う海賊並みの卑劣な行為を繰り返していました。それほど航海術・船舶の建造技術に圧倒的差があったのです。・・インドはポルトガルが切り拓いたすべてを乗っ取った上イギリスが胡坐をかいたものです。
マカオと香港は1999年に中国に返還されましたが、ポルトガルはこの時代からずっとずっと1999年までマカオを統治していたのです。この時代世界を分け合ったのはポルトガル帝国とスペイン帝国だったのです。
なおそのポルトガル人が日本へ来たのは1543年に種子島へ3人が漂着した事にはじまいますね。これを機に日本も一気に変わりました。

また、話は全く変わりますが、あの謎の巨石のイースター島。あの巨石はなぞでもなんでもなく、部族の王様が死ぬごとに巨石を作った。そこへ白人どもが現れ、19世紀、そう19世紀に入って殆どの島民を奴隷としてペルーへ運んだ。言語にロンゴロンゴと言うのがあったのですが今や完璧に潰えてしまった。
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