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2012.06.0809:15

◎祇園祭そのルーツ◎

昨年7月1日のブログです。そのまま載せてみました。追加記事を加えると長くなり嫌われそうなので・・。




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疫病の流行により朝廷は863年(貞観5年)神泉苑で初の御霊会(ごりょうえ)を行った。しかし、その後も疫病の流行が続いたために牛頭天王を祀り御霊会を行って無病息災を祈念した。869年(貞観11年)全国の国の数を表す66本の矛を卜部日良麿が立て、その矛にに諸国の悪霊を移し宿らせることで諸国の穢れを祓い、神輿3基を送り薬師如来の化身牛頭天王を祀り御霊会を執り行ったのがその起源であるという。




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貞観大噴火=平安時代初期の864年(貞観6年)から866年(貞観8年)にかけて発生。とんでもない大噴火で資料に残る中で最大の噴火。あの宝永の大噴火をも上回っている規模です。




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貞観の三陸大津波=869年7月9日(貞観11年5月26日)発生。今回の大激震なみの規模だったと言う事です。


このようにあらゆる苦難が立て続けに起こり日本中が乱れに乱れ、時の第56代 清和天皇は何とか鎮めようと藁をもすがる気持ちで行ったのが神泉苑での「御霊会」だったのでしょう。特に富士山の超大噴火は日本中を火山灰で埋め尽くし、その黒い噴火雲はいつまでも立ち消えることなくずっしりと日本中の空を覆い作物は枯れ果て人々は飢餓と疾病に苦しみもがいたのでしょう。治療薬もそのような学術もなくただただお祈りするしか術がなった。・・その「御霊会」が永遠今の時代まで継がれ「祇園祭」となっています。つまり、庶民の無病息災を願うお祭りなのです。早い話、7月17日の巡行はその庶民の汚れた厄病をすべて吸収回収する役目を担っており、一周し終わった各「山」「鉾」にはあらゆる厄難が吸い込まれています。だから今でも祭りが終わると即座に解体・分解しその悪霊どもを封じ込めるのです。昔(かなり)はその場ですべて燃やしたと言う事です。
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