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2012.10.0414:36

◎伏見・竜馬の寺田屋◎

一昨日2日の御香宮さん千姫神輿見学ついでに伏見の町をうろうろ・・
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桃山御陵の大きな商店街の一等地にこの石碑あり。つまり昔からここらが伏見の中心地だったのでしょうね。

うろうろキョロキョロ 地名なんてわかるわけがないが記憶を頼りに・・
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・・というか広いようで案外と狭い街並み。すぐにわかる(筈)、至る所に観光案内版が出ているので心配無用。

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旅館庭の奥にこの銅像。昔はなかったと記憶しますが・・?

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御香宮さんのお祭り一色。

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僅かな距離の「竜馬通り」という商店街。こんなに綺麗になってもう10年くらい経つかな?・・伏見全体で観光客はかなり来ているみたいです。


何川か知らないが宇治川の支流に当たるというかなり幅の広い対岸から寺田屋をバックに・・
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後ろ真ん中が寺田屋。・・まだ現役バリバリの旅館です。だが常に予約で一杯だとか。

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その川を盛んに行き来する10石船。30石船と言うのもあるらしい(寺田屋眼の前が昔の船着き場で、つまり寺田屋へは船から降りると目の前と言う好条件)。・・だから逆に緊急の場合即船で脱出と言う風にも取れますね。用心深い竜馬らしい?

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全国に名だたる作り酒屋が並んでいます。

ところ変わって・・
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京阪および近鉄両方の桃山御陵駅直ぐ近くにあるお店。

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これだけくっきりとわかるのも実に珍しい。御所の蛤御門の柱は風化が原因なのか?だんだんその穴が見にくくわかりにくくなっている。

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通りに面し今でも店をやっている。
・・この俗にいう「鳥羽伏見の戦い」は、将軍慶喜は京都二条城にて一旦「大政奉還」奏上という徳川幕府260年の歴史にピリオドを打ち逃げるように大阪城へ。そのまま艦船にて江戸へ引き上げる手はずだったが、余りのふがいなさに側近たちが再度御所へ赴き直談判を!・・こうして最後の将軍・慶喜は渋々1万数千に及ぶ幕府軍の京都進行を命ずる。これを察した薩長軍がここ伏見で迎え撃つという図式。つまり伏見と言う値が如何に京都の防衛上重大であったかということですね。江戸年間、天領としてその独自の文化を華ひらかせた伏見。文化伝統が洛中と全く違うようです。江戸徳川の風、匂いがプンプンですね。千姫神輿と言う名がいい。是非とも長い沈黙を打ち破り盛大な巡行を再現して欲しいものですね。化け物神輿に挑戦する担ぎ手!出でよ!400年前の神輿はもはや最古なのでは?・・京都の神社には結構古い神輿がかなりありますが、一番古いのでやはり江戸初期くらいです。
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