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2013.01.2622:36

◎パソコンでは出ないノーベル賞ができた理由◎

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ノーベルは1833年スウェーデン生まれ。生涯に取得した特許は355件に及ぶと言います。日本のドクター中松氏と同じでしょうかね?





一番最初の特許が雷管
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父親とニトログリセリンの研究に没頭、それまでの液体状だったものを数々の火薬を混ぜ合わせ雷管を考え付き特許を。それまでのニトログリセリンが危険極まりない(いつ爆発するかもしれない)ものから安全に保管できるように。そして販売にこぎつけるも度重なる工場での大爆発。彼はすぐさま再びニトロ瓜セリンの徹底研究を始める。そしてついに珪藻土を染み込ませさらに安全確実な「ダイナマイト」をついに開発。その破壊力はそれまでの7倍以上だったという。飛ぶように、まさに飛ぶように売れまくり彼は一躍ヨーロッパ一の大富豪と称せられるように。さらに戦争特需もあいまって更なる強力なダイナマイトを次々と開発。



だが絵にかいたような「好事魔多し」
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余りに売れすぎ余りにボロ儲けし過ぎた故、いつしか人々は彼の事を「死の商人」と陰口を叩くように。そんな殺伐とした雰囲気のある日、火薬工場で爆発事故が起こりノーベルが死んだという誤報が流れる。新聞までもが「死の商人死す。人類を恐怖に陥れた報い」。
彼は大いにショックを受けた。いくら大金を手にしようともいくら名声を得ようが国民にそっぽを向かれては死ぬに死ねない。何とかしなくちゃ!
生涯を独身で通した彼。あの世にまで金は持って行かれない。名誉挽回の為に練った奇策とは・・

3000万クオーネ(今の250億位)と言われるの財産のすべてを基金とし「賞」を設立するよう遺言を残し、1896年にこの世を去った。この「ノーベル基金」をもとにノーベル賞第1回が始まったのはそれから数年後の1901年の事でした。授賞日の12月10日は彼の命日です。

彼のこのすべてを賭けての行為は果たして国民にどのように映ったのでしょうか?決して武器・兵器として開発したわけではない筈です。山の鉱山、石炭の爆破等別の需要も十分あった筈です。だが不運というか、ヨーロッパ中がぎくしゃくし始めどの国もどの国もすべての国が戦争止む無しと言う雰囲気になり競うように武器購入を急ぐ。世間の目にはただのダイナマイト成金としか映らなかったようですね。殆どやっかみでしょうが。・・如何に社会貢献が大事かと言うことでしょう。
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